街角散歩

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2011年3月30日

不便なカメラの価値

不便なカメラの価値

前のエントリの続き

フィルムカメラを購入するに至った経緯を書いていたら、前フリだけでかなりの長文になってしまったため文章を分割。

EPSON R-D1のレンズを増やすにあたり、本来のライカMマウント、Lマウントのレンズは値段が高いものが多いので、マウントアダプタの利用を前提に別のマウントのレンズを選択することに。悩んだ末に選択したのがM42マウントでした。

M42マウントのレンズにどんな種類があるのか調べていたら、とても気になるレンズを発見。「Carl Zeiss Ultron 50mm f1.8」というレンズなのですが、けっこう人気のあるレンズらしく単体で買おうとすると結構な値段になります。さすがにいきなりこのレンズは無理だと思い、すぐに買う気にはなりませんでした。そんな中、偶然訪れた新宿の中古カメラショップでこのレンズを発見。

正確にはレンズを単体で発見したのではなく、このレンズと同時に発売されたフィルムカメラ本体を見つけたのです。このレンズは本来、このカメラの専用レンズ的な位置づけで発売されたものなので、もともとはカメラとレンズをセットで購入するのが正しい姿だったりします。お店側もそういう意図なのか、フィルムカメラとこのレンズをセットで販売していました。

それはそれでありがちな光景なのですが、ありがちじゃなかったのが価格。カメラとレンズがセットで、レンズ1本の通常価格よりも安価に販売されていたのです。「これは間違いなく買いだ!」と思い、カメラとレンズをセットで購入しました。

目的のレンズは評判どおり大変すばらしい写りで、アウトプットのクオリティはとても満足いくものでした。しかしながら安い中古というのはそれなりに理由があるもの。購入したカメラとレンズのセットが安かったのもしっかり理由があったのです。しかも本来高価であるはずのレンズが、カメラ本体をセットにしても本来のレンズ価格よりも低い値段で売られていたのですから、その理由は言わずもがな。

購入するとき、お店の人から「レンズの絞り羽根の動きが悪いよ」と言われていたのです。その場で確かめたとき、たしかに微妙に動きが悪く、ぎこちない感じがしました。ただ、一応は絞りが開閉するため「まぁいいかな・・・」と思い購入に踏み切ったのです。

しかしながらこういう軽微な現象が、実は大きな出来事の前触れだったりするもの。絞りリングをクルクル動かしながら写真を撮っているとき、突然絞り羽根がちぎれてレンズ鏡筒内に散らばってしまったのです。このままではせっかくのこのレンズを絞り開放状態でしか使うことができません。それだと全く意味がないので、ちゃんと修理する必要があります。

オールドレンズというのは当然のことながら中古です。中古ということは品物の状態は千差万別。マウントアダプタで中古レンズを安く購入しようという目論見でしたが、早速オールドレンズ業界の厳しい荒波にもまれてしまいました。

ということでレンズは修理に出すとして、レンズと一緒にゲットしたカメラ本体が手元に残ったわけです。せっかくフィルムカメラをゲットしたので、フル活用してみよう!と決意を固め、今にいたっています。

僕が本格的に趣味として写真を始めたのが2005年ごろ。最初に手に入れたのが「EOS D30」というデジタル一眼レフカメラだったため、それ以降もずーっとデジタルカメラを選び続けています。とはいえフィルムカメラの世界にも興味は持ち続けていたのです。いつかはフィルムカメラで写真を撮ってみたいと思いつつ、フィルム代、現像代などランニングコストがけっこうバカにならなそうな気がして、フィルムの世界に入るのに二の足を踏んでいました。

「いつの日かフィルムカメラを買うときは・・・」と想像をふくらませたことも多々あります。僕がいま使っているカメラはキヤノンのEOS 5DとコンタックスのN DIGITALというカメラ。それぞれ専用のレンズを数本ずつ持っています。どうせフィルムカメラを買うのであれば、既に持っているレンズを活用できる方がいいので、既存のカメラのフィルム版を選択するのがよいのではないかと考えていました。たとえばキヤノンだったら「EOS 1N」や「EOS 3」あたり。コンタックスだったら「N1」。このあたりを選択していたらレンズを流用できるだけでなく、操作感も勝手知ったるものなので、入手後すぐにフルパワーで使うことができます。

しかしながら偶然が重なって、結局初めて入手したフィルムカメラはキヤノンでもコンタックスでもなくM42マウントの古いカメラでした。しかしながらこれも何かの縁なので、せっかく手に入れたフィルムカメラ、がっつり使いたおしてみたいと思っています。

ということで購入したのはカール・ツァイスの「ZEISS IKON Icarex 35 CS TM」というカメラです。1970年に旧西ドイツで作られたカメラです。カール・ツァイスと言えばライカと肩を並べる世界のカメラ業界におけるブランド中のブランド。そんな有名なメーカーではありつつも、このカメラが発売された1970年という時代はとても複雑な時期でした。

第二次世界大戦の前後は「カメラといえばドイツ」という時代でした。ライカ、ツァイス、フォクトレンダーなど、極めて高い技術を持つこれらのメーカーが高品質なカメラを次々に世に出していたのです。しかし戦後しばらく、1960年代。日本のカメラメーカーの大躍進が始まり、ニコン、キヤノン、ペンタックスなど日本製カメラが世界を席巻するようになりました。

伝統あるドイツのカメラ業界も日本製カメラの攻勢にやられ、徐々にその規模を縮小しはじめます。1970年になると勝敗はより明確になり、日本製カメラの攻勢にやられた多くのカメラメーカーがその歴史に幕を閉ざしはじめました。歴史と伝統を持つカール・ツァイスも例外ではなく、1972年にはカメラ事業全体をローライに売却してしまいました。

ということでカール・ツァイスがカメラ事業を売却したのは1972年。僕が今回入手したカメラが発売されたのは1970年。カメラ事業撤退の直前に発売されたカメラだったわけです。こういう時代背景の中で発売されたカメラであるため、手にするだけでいろんな思いが沸き起こってきます。

とはいえ純粋にカメラの機能を比較してみると、使い勝手という面では同じ時代の日本製カメラの方が"圧倒的"に性能がよかったりするわけです。この時期の日本のカメラメーカーの動きを見てみると、1971年にニコンはかの有名な「F2」を発売。ペンタックスも大ヒット作ペンタックスSPの後継機種「ペンタックスES」を発売するなど、イケイケドンドン、波に乗りまくってる感じでした。

そのあたりと比較するとIcarexは機能的にも前時代的な感は否めません。そもそもな話、この時期のカメラは当然マニュアルフォーカス。露出計は一応ついてはいるもののCdS方式なので露出がハッキリわからないし、計測までに時間がかかります。さらに、これは僕の持っている固体だけかもしれませんが、CdSの計測結果がいまいち信用できない値を示すのです。これでは適正露出が得られているのか心配で仕方ないので、このカメラで撮影するときは単体露出計を持ち出して、被写体ごとに露出を計測するようにしています。

そしてカメラ本体の質感。最近のカメラは強化プラスチックを使った軽量化ボディですが、このカメラが発売された当時のトレンドは金属そのもの。ボディ全体が金属製です。しかもけっこう重い、硬い、冷たい。手にとって各部を動かすと、いかにも「精密機械」という音がします。

そもそもが40年以上前のカメラだから仕方ないのですが、ハッキリ言って不便です。クラシックカメラファンが道楽としてセカンド、サードで使うカメラとは違い、フィルムでの作品作成のためにガチで攻めるカメラとしてIcarexを使うのはけっこう無謀な挑戦のような気がします。なのですが、初めてのフィルムカメラとしてはこの不便さとても新鮮で、むしろ楽しかったりします。

当然のことながら不便なカメラを使うことで1枚撮影するのに要する所要時間は増えます。

■写真撮影のステップ
1.被写体を見つける・選ぶ
2.構図を決める
3.距離をみながらピントを合わせる
4.露出計を見ながら絞りとシャッタースピードを決める
5.フィルム巻き上げノブをひねる
6.手振れしない要する気合い入れてカメラを構えてシャッターを押す

写真を撮影するために本来上記6ステップあるとした場合、最近のカメラだったらあらゆる作業が自動化されているため、3,4,5あたりはカメラが勝手にやってくれます。撮影のための手順が少ない分、気になる光景を見つけてから撮影するまでの所要時間が短くなります。

一方で不便なカメラをあえて使うことによる意義みたいなものを考えたとき、赤城さんというプロカメラマンの方がおもしろい意見を書いているのを発見、この考え方に僕自身もすごく納得感がありました。

ローライは死なず ==赤城耕一 「アカギカメラ」第5回== - PHOTO VOICE BB

僕が本格的に写真を撮り始めたとき、最初に使ったカメラが「EOS D30」でした。当時は使いづらい不便なカメラだと思っていたのですが、古いとはいえ「EOS」はEOSです。オートフォーカス、自動測光など一通りこなす、まさに「最近の便利なカメラ」にグルーピングされるものです。

それ以降、基本的にEOSを使い続けてきたので、いわゆる便利な最近の撮影手法しか経験したことありませんでした。そういう意味では上記の赤城さんのコラムの表現による「弛緩してしまった軟弱な根性」の状態がデフォルトになっていたんだと思います。

この時代にあえてマニュアルのカメラを使うことによって、本来写真を撮影するのに必要な知識・技法などをあらためて学ぶことができ、経験値として自分自身に蓄積することができるんじゃないかと思っています。


このあたりでカメラの話はひと段落して、今度はフィルムの話に入るつもりだったのですが、昨日以上に文章が長くなってしまったので、またしても続きは明日に持ち越します。

ということで今日もZEISS IKON Icarexで撮影した写真です。先日、多摩川沿いの一本桜の写真を掲載しましたが、その桜をアップで撮影してみたのが今日の写真です。背景をボカして多少露出オーバーぎみに撮影したこの写真、表現したかったのは春のあふれんばかりの明るさとやわらかな空気感。まもなく春本番、すでに待ち遠しくて仕方ありません。

次のエントリに続く

アップロード日時 : 2011年3月30日 00:00    撮影場所 : [ 世田谷区 ]

地図

撮影詳細情報

撮影情報
撮影場所 多摩川河川敷 多摩川遊園
撮影日時 2011年3月26日 14:45
カメラ情報
カメラ ZEISS IKON Icarex 35 CS TM
フィルム FUJICHROME Velvia 50
フォーマットサイズ 35mm
ISO感度 50
露出時間 1/1000秒
レンズ情報
レンズ PENTACON auto 50mm F1.8 MULTI COATING
焦点距離 50mm
絞り f/2.8

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